地球一周の巻
地球一周103日間、ピースボートの旅  尾 崎 眞 吾  

ピースボートは研修船のイメージが強く、勉強嫌いの私には不向きだと思っていた。
参加するに当たって私は観光より英語、それにデッサンが苦手なので乗客の顔を描く事にした。
家内はというと観光は勿論、ダンス、俳句、朗読劇、早朝のラジオ体操等は感心に参加していたようだ。
さて、時速30キロの、のろのろ運転のギリシャの老朽船だが、かつてこの船は、エムプレス・ブリテイン号という由緒正しいカナダの客船であった。エリザベス女王も乗船されたこともある。
5日間のクルージングを経て最初の寄港地ベトナムに入港。コッポラの地獄の黙示録を思い出す。海の色がライトグリーンに変わり美しかった。
そして船はシンガポールを経てインドのコーチンに。インド洋は結構な揺れで、さすがに私も船酔いをしてしまい、その上船上で大事なカメラを盗まれてしまった。保険に入っているから、ま、いいか、と思ったら大きな間違い、結局保険会社の詐欺性に思い知らされる。二度と信じないぞと心に誓う。
中東は始めての私は、あの超殺伐とした風景には恐れ入った。イエメン、ヨルダン、そしてエジプトのスエズ運河を航行中、乗客達はこの時とばかりに写真を撮っている。
そしてトパーズ号は地中海、エーゲ海と入り、南ヨーロッパだ。ギリシャ、スペイン、オランダ、デンマーク、ノルウエイ、アイルランドをあとにタイタニックでお馴染みの北大西洋を10日間の航海。自由の女神のお出迎えで、憧れのニューヨークに入港。
それからカリブ海の島、ジャマイカ、私にとっては始めての中米諸国グアテマラ、コスタリカ、コロンビア、劇的なパナマ運河を抜け、再び太平洋に。そしてカナダ、最後がアラスカである。
暑〜寒〜暑〜寒と。まったくめまぐるしい旅だ。アラスカでの犬ぞり体験、雄大な氷河を後にトパーズ号は日本に向けての帰路に着いた。
念願だった船の図面は手に入ったし、300人強の人達を描き大満足の旅であった。

● 山口新聞に、尾崎さんと奥様と交代で、今回の旅の記事を連載中だそうです。
   山口県内の図書館などで閲覧できます。
          (広報部・ひらてるこ 記)



1月

事務局突撃レポート第2弾

年が明けた某日、広報部1月トピックス班は事務局へ
潜入、突撃レポートに成功!
初めて事務局を訪問したもう一人のトピックス班Fさんは
「事務所の部屋の余りの狭さに驚きましたが、居れば居たで、だんだんとなかなか居心地の良い空間に思えてきました。なんとなく隠れ家っぽい雰囲気が、そう感じさせるのかも知れませんね」と、目を輝かせた。
ハード(オフィス)は狭いがソフト(受け皿)は広いのが童美連事務局である。
そしてそのソフトこそ事務局長で画家の樋口大寒氏。
 
事務局の仕事は前回のレポート(http://www.dobiren.org/kouhou-topic04.htm
でも報告があったとおり、毎月の理事会の準備、報告の他に著作権や会員への問い
合わせや新入会員の手続き等だが、年度末が近い今は役員選挙や総会に向けての
諸準備もあり、新入会員希望者も例年に比べて多く、かなりの仕事量。
今までも童美連の歴史や創立当初の会員の記録などをデータ化して童美連の活動を
より効率的にするなど、ミスも少なく的確にてきぱきと仕事をこなす樋口さんの
おかげで会員は随分助かっている。
そんな樋口さんだが、昨年まで樋口さんの片腕として事務局をサポートしてくれた
古川陽子さんが退職され、一人では風邪も引けない…ということで、
現在アルバイトを募集中〜!  
お問い合わせは事務局まで。jimukyoku@dobiren.org

 

 

 

◎現在事務局宛てに大量の迷惑メールが入ってくるそうで、
大事なお問い合わせ等のメールを間違えて削除しないため
にも件名には用件か名前をはっきり書いて送ってください
とのこと。
また、時間外のお問い合わせは控えてくださいね。
特に童美連会員!
ご協力ヨロシクお願いします!
(文 広報部・はんだみちこ)  






 京都・伏見の巻



わが町自慢―伏見は日本の臍だった    にしで しげる



京都に生まれ京都から出たことがないイラストレーターですが
京都生まれと言っても伏見で伏見人としての意識のほうが強いですね。

伏見は京都市の南下にあり、今ではもっとも人口が多いところになりましたが、もともとは伏見市でのちに京都市に併合されたところです。
ですから、いまだに古い伏見人は京都の繁華街、河原町などに行くとき「京都に行ってくる。」と言います。


お酒と名水の町で世界遺産もある古い町、伏見の人は伏見人としてのプライドを持っています。
一般には教科書では『安土・桃山時代』と習いますが、秀吉の存命中は「桃山」という地名はありませんでした。
「桃山」は伏見の中のある一画で、徳川の時代になり伏見城が解体され、その一画が荒れ放題になったのです。
それを見かねた伏見人が桃ノ木を植え、やがて見事な桃ノ木が咲き誇る丘陵になり「桃山」という地名が生まれました。


伏見は天下の臍であった時代があったのです。
江戸から離れていても天下の情報をしることができました。
坂本龍馬や大石蔵ノ助が伏見に通った理由もここにあるのではないでしょうか。

よく大石蔵ノ助が祇園で遊んだと思ってる人がいますが
祇園でなく伏見の橦木町で今は碑だけが残っています。
『全ての道は伏見に通ず』です。

「安土.桃山時代」は「安土.伏見時代」に言い換えるべきだと思ってる伏見人は多くいます。(笑)


オワリ







綺麗に整備され保存された古い町並み

伏見のお酒いろいろ

坂本龍馬の定宿「寺田屋」お竜さんが入っていたお風呂も残ってます。

私がイラストを担当した京都市のHP
リンクをすれば京都の情報がすべて知れます。

http://www.city.kyoto.jp/koho/kids/




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